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2005 プレーオフ [趣味]

10月15日
パ・リーグプレーオフ第2ステージ第3戦
ヤフードーム、9回裏に4点のビハインドを追いついた試合は興奮しました。
観客は総立ちで、メガホンを打ち鳴らし、声を枯らしての大声援。
もちろん私も。
こんなゲームをスタンドで観戦できてラッキーでした。
試合後、近くでメシを食っていると、
あとからロッテのユニホームを羽織ったファンが20人ほど入ってきました。
ホークスの帽子とメガホンを持った私に数人が近づいてきたので
(「あ、落語家の立川笑志だ!」と言われないところが悲しい…)少し喋ったのですが、
彼らも「いい試合が観られてよかった」と言っていました。

前々から千葉マリンスタジアムのロッテファンの応援の素晴らしさには感心していたので、
そのことを伝えると喜んでいました。
2年前のホークスがリーグ優勝を決めたとき、
私も千葉マリンスタジアムのスタンドで王監督の胴上げをみたのですが、
ロッテファンの勝者を称える姿に胸がジーンとなったことは今でも忘れません。

10月16日
パ・リーグプレーオフ第2ステージ第4戦
独演会を“あじびホール”でやるようになってからしばらく利用していなかったのですが、
一日ゆっくりしたかったので久しぶりにグランドハイアットに宿泊しました。
部屋のTVで野球観戦していたら、
ホテルがあるキャナルシティに約1000人のホークスファンが集まり、
プレーオフ用に設置された大型モニターをみて応援しているものだから、
その歓声が12階の私の部屋にまで届き、バーチャルスタンド観戦状態に。
ラッキーセブンの応援歌のあとに飛ばすレボリューションイエローのジェット風船が空を舞うのも窓から見えました。

これに似た体験をしたことがあります…

その昔、前座時代に住んでいた練馬の4畳半一間の安アパートでのことです。
当時はバブル経済の真っ只中、多くのイラン人が東京にいました。

その安アパートにもイラン人が住んでいて…というか、
私以外の住人は全員イラン人、イラン人の中に私一人だけが日本人。
サッカーワールドカップのアジア予選で、日本VSイランの試合を自分の部屋でTV観戦していたところ、
イランが優勢になると、他の部屋からイラン人たちの大歓声が。
私は東京にいるのにアウェーでした。

10月17日
パ・リーグプレーオフ第2ステージ第5戦
JRで折尾に移動。
エイギョウは18時から、私が一席、太神楽の仙三さん、そして蔵之助兄が一席。

19時から野球のTV中継が始まるので、出番を終えたらゆっくり観ようと思っていたら、
その会場の中庭でお月見をしながらお客様と一緒にお食事会… エイギョウですから。
会場はホテルなので、お食事会が終わってすぐに自分の部屋に戻って
TVをつけたら、ロッテ逆転の場面でした。
そして、そのままゲームセット。
すると、ノックの音が…
ドアを開けると、「負けて悲しんでいるところ悪いンだけど飲みに行こう」と蔵之助兄サン。
試合終了まで誘うのを待っていてくれた兄サン、ありがとう!

10月18日
朝6時半にホテルを出て、北九州空港へ。
小さな空港です。
飛行機もMD87という、定員130人のこれまた小さな機種です。
かなり揺れましたが無事に羽田に到着。
一旦家に寄って仕度をしてから、BS笑点の収録のため横浜にぎわい座に向かう。
ホークスタウンで買ったホークスのロングTシャツを着ていたら、
きくおくんが「ホークスだ!」と、目ざとく見つけてくれました。
楽屋で弁当を食べながら、
パ・リーグはロッテファンの昇太師に「ホークス負けちゃいましたよ~」と言うと、
柳好兄が私に気を遣って「残念でしたね」と慰めてくれた。
すると、
「柳好はロッテファンだ。お前、昨日ロッテが勝った瞬間に喜んで電話してきたじゃないか!!」
と昇太師が言ったので
柳好兄はバツが悪そうに「いや、そ、それは…」とシドロモドロ。
妙におかしかったです。


これが私のプレーオフでした。
ロッテには日本シリーズで勝って、パ・リーグの強さと人気をアピールしてほしいものです。

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